もともとの熱しやすく冷めやすい性格のなせる業か?
思い起こせば、われながら随分と方向転換したものである。
司法書士試験の合格者には、お父様、お母様が司法書士という方が少なくないし、大半が法学部出身ということである。
それに比べ、自分のキャリアといえば
昭和35年 いわき市に生まれる。
昭和58年 東京工業大学工学部を卒業後、某電気メーカーに就職。 絶縁ワニス、積層板(プリント基板)材料の開発を担当。
昭和61年 東京の生活に飽き、親が高齢になってきたことも手伝って 地元いわきに工場のある某電子部品メーカーに転職。
液晶表示素子の材料開発を担当。
平成5年 研究開発の仕事に飽き、“人と接する仕事がしたい” という理由で地元の建築・管工事関係の会社に転職。
平成6年〜10年、上記会社が中国に進出したため、約4年間、現地(遼寧省瀋陽市)に派遣され、住宅建設、分譲を主とする合弁会社の理事、総経理を歴任。
(*)平成9年、合弁会社の法律・税務問題に直面したため、現地で解説書を購入し、中国の公司法(会社法)のを勉強しようとしたが、その際に「その立法趣旨については、日本の商法第○○条を参照せよ」といった引用が多く、チンプンカンプン。(つまり、自国の法律に関して、あまりに無知なためよく理解できず。)
やむなく、一時帰国時に六法全書等を購入し、日本の民法や商法を読みあさり始めた。
いざ読み始めたら面白いので、ここから本腰を入れて法律の勉強を開始。
平成15年 司法書士試験に合格。
平成16年 登録・開業。
という具合で、よく言えばまさに“豊富”、悪く言えば“まったく地に足が着かない”ものであった。
「おまえ、40過ぎて、いつまでフラフラしてるんだい?」と母親、友人にもよく言われてきた。
その度にこう答えてきた「楽しくても、苦しくても、人生たったの数十年、どうせならいろんな仕事やってみたほうが面白いジャン。仕事がつまんないから辞めたんじやないよ。 もっと他にやってみたいことがあるから辞めたの。何やったって食ってはいけるよ」と。
しかし、司法書士という_“お客様の権利や財産を護る”この仕事。
今度は簡単に辞められない!?